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フェルメールと家づくりの関係

  • 2019.01.26
  • 建築

フェルメールは光と影の画家だと言われる。窓から差し込む日の光と影のコントラストが印象的で一瞬を切り取ることのできる画家だった。
17世紀の画家の内でもっとも光の扱いがうまく、あたかも写真機を手に日常のスナップ写真を撮り続けたかのようだ。それまでの絵画は画面全体が明かりに照らされ全体にピントがあっている状態。無時間で平均的な絵画である。しかしフェルメールは違った。光と影のコントラストということは、そこに時間があり一瞬があり、だからこそ、ひとの佇まいや気配が生まれた。史上初めて絵画に時間を表現する術が現れた瞬間である。銀板に光を感光させて記録する写真の登場は19世紀になってからなので、どれくらい画期的な発明だったのか容易に推察できる。
真珠の耳飾りの少女が振り向いた瞬間にシャッターを押し、午後のけだるい明かりのもとで牛乳を注ぐ女性の短い動作を映しこんだ。

ここで僕たちは「時」と「気配」が同一だと知る。ほぼ真横から光が当たっているのでそれが午後なのか午前なのか、とにかく何かの途中の時間だとわかる。動作や所作の途中の時間。ここに佇まいが生まれ気配が生じる。
じつは住宅建築を語るうえでこの気配というものが相当重要だと気が付いた。ドアの向こうで誰かが通り過ぎた。フェルメールの構図のように、中心からちょっとずれていたり見えそうで見えなかったりするけど、奥行きのなかで気配がわかる家なら、その家は味わい深い家だ。部屋の隅々まで明るくする必要はない。むしろ影を意識的に作ることができたら、家族の気配(というか余韻)を楽しむことができる。なんと谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」のようではないか。

後にやってくる印象派の画家たち、モネやドガたちはこの気配をもっと感覚的に研ぎ澄ましていった。印象の印象派たる所以である。モネの睡蓮はきらきらとみずみずしく季節や時間によっては池の匂いが漂ってきそうである。さすがにゴッホやゴーギャンになると感情が画面を支配してくるので趣旨が違ってくるけれど、モネの夏草の匂いまでなら許されると思う。
写真技術の登場と印象派はほぼ時を同じくして19世紀に登場した。いや、写真が印象派の台頭を招いたのだ。写真では写しえないもの、五感にリアルに迫ってくる温度、湿度、匂い、聴覚。そう考えてみると視覚で伝わるものなんてほんの少ししかない。
僕たちが家を建てて、滋味あふれる空間に住む理由はここにある。

最後に、八木重吉の詩「草にすわる」からの引用を。

こうして 草にすわれば それが わかる

土を踏み草の匂いを嗅ぐことがどんなに気持ちのいいことか。そして私たちの生活にどれだけ必要なことか。家づくりは案外「地面」から考えるべきなのかもしれない。

 

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