「人生フルーツ」という木造住宅
- 2019.06.14
- 建築
「人生フルーツ」という映画を観忘れたという話をしたら、社内のEさんが「映画のもとになったテレビ番組なら録画していますよ」と声をかけてくれた。ほんとうにEさんは社内の女神のような方で、忘れっぽい僕が本の名前や映画の題名を言えずに困っていると、かならず助け舟を出してくれるありがたいお方です(この場を借りてお礼をいいます、いつもありがとう!)。
で、Eさんからありがたくお借りして「人生フルーツ」のもとになった番組を観ることができた。
「人生フルーツ」。建築家の津端修一さんと奥さん(90歳と87歳)のつつましやかな暮らしを淡々と描いているドキュメンタリー。二人が住むのはアントニン・レーモンドの自邸に倣った小さな木造住宅の平屋。そこには畑があり雑木林があり風がある。
畑で採れた野菜や果物をそのまま家に持ってきて、おいしそうな料理をてきぱきと作る。
家がちょっと変わっている。
一部屋のなかに台所とダイニングテーブルとベッドとソファがある。仕切りがないのだ。ここで(料理を)作って、ここで食べて、ここでくつろぎ、ここで寝る。なんてシンプルな暮らし方。
北側のハイサイドライト(高窓のこと)からやさしい光が差し込んでいる。窓から見える風景は雑木林と畑の緑。よく考えてみるとここは住宅地の真ん中だったはず、と思いながらお二人の食生活にだんだん引き込まれてしまっている。
そこで、ハタと気が付いた。
僕たちは暮らしを「機能」として捉えすぎているんじゃないか、と。
あるいは「時計仕掛けのオレンジ」ならぬ「機械仕掛けの木造住宅」。
便利な機能、山のようなスイッチ、消費電力が一目でわかるパネル類等々。子育てが心配、老後が心配、汚れが心配、家事動線が心配、収納が心配。テレビは観たいけど子供には観せたくない。これがあったら便利、あれがあったら便利、便利、便利、便利・・・?。
僕たち作り手も、お客さんの顔色を見ながら便利な機能をついつい付加してしまう。これはどちらかというと予防線。レーモンドや津端さんが見たらなんていうのだろう。
「これは君の作りたかった住宅かね?」
楽(たの)しい住宅は作りたいけど、楽(らく)な住宅は作りたくない。字は一緒だけど意味はまるっきり違う。
こんなことを考えながら、久しぶりにアントニン・レーモンドの記事が載った雑誌を引っ張り出してみた。文は中村好文さん。
簡素で、直截で、機能的で(便利という意味ではなく)、構造の論理に忠実にしたがうことが美しさにつながるという信念。
軽井沢の「新スタジオ」がいい。しかし同じ住宅作家としてみるなら「カニングハム邸」がもっといい。シンプルで、落ち着いていて、美しさが基本にある。居間に置かれたグランドピアノはラフマニノフなんかより絶対シューベルト。暗さがいいのだ。ここで波多野睦美さんと高橋悠治さんがシューベルトの「冬の旅」を演奏したらきっと素敵だろうなと思う(この二人のCDは超おすすめ)。
じつは最近の設計で、1階の天井がそのまま伸びて2階に達する傾斜天井の家が多くあるが、これはレーモンドの「カニングハム邸」のオマージュである。贅沢な空間は簡素でシンプルな構造から生まれた。人生をフルーツのように楽しめる人たちに向けた渾身の住宅である。
佐藤 隆幸
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