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お客様:バリトン歌手 渡辺弘樹さん

プロフィール

大分市生まれ。国立音楽大学音楽科声楽専攻を首席で卒業、イタリアへ渡る。同年、フィレンツェ国立歌劇場の声楽国際オーディションに最年少で第1位合格(劇場では唯一の東洋人)。2006年、日本人として初めてフィレンツェ歌劇場と終身契約を結ぶ。オペラ「運命の力」でズービン・メータと共演。その深く、厚く、柔らかいベルカント唱法は「まれに見る声とテクニック」と定評がある。これまでにシュターン、バッソ、マジェーラ、アバド、ムーティ、メータほかの指揮者たちと共演。現在、フィレンツェ歌劇場専属歌手。フィレンツェ市在住。

2. 歌うのも人前に出るのも大嫌いだった

馬場
渡辺さんは僕と同い年なんですよね。
もう5年間毎年コンサートをやらせてもらっているのに、なかなかゆっくりお話する機会がなくて・・。
歌を始めたきっかけはどういうことだったんですか。
渡辺
僕、歌は大嫌いだったんです。
クラシックが嫌いだった。ポップスは好きだったんですけどね。
中学時代からずっとテニスをやっていて、高3から歌の勉強を始めました。
馬場
それで国立音楽大学に入って、主席で卒業されたんですよね。すごいなぁ。
渡辺
高1の時、音楽の先生から合唱コンクールに出るように言われて、
人前に出るのは大嫌いだったけど、沖縄に行けると聞いて、「じゃあ出ます」って(笑)。

次は音楽コンクール。1人で歌うのなんか嫌だったけど、「1日公欠にしてあげるから」と言われて、「じゃあ歌います」って(笑)。
そこで最優秀になっちゃった。親にも言ってなかったら、次の日の新聞に写真付きで載って、父に「こんなことやってるから勉強できんのや」と怒られました。

そのあと西日本大会でも賞もらっちゃって、新聞にさらに大きく出た(笑)。
そのとき舞台で歌って気持ちよかったのと、それまでなった “一番”になれたのが嬉しくて、歌もいいなぁと思い始めました。
それで「音大を受けてみたい」と父に言ったら、3ヵ月口をきいてくれなかった(笑)。
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馬場
子どものころから音楽の英才教育を受けてこられたのかと思ってました。
渡辺
僕は理系が好きで、小さいころから獣医になりたくて、小学校の卒業アルバムにもそう書いてるんですよ。
馬場
それも意外だなぁ。
渡辺
高3から歌のレッスンに通い始めて、それからピアノを買ってもらってピアノのレッスンにも通いました。
ラグビー部の友達ともよく遊んでたけど。
馬場
一見するとラグビー部に見えますよ(笑)。
渡辺
大学に入って芸術の勉強ができたのは嬉しかったけど、学校生活が楽しくなくて。
女9:男1だから肩身が狭いし、ごく少ない男の同級生はクラシックの話ばっかり。それに付いていけなかった。
馬場
ちょっと出が違いますよね(笑)。
渡辺
大学はとりあえず授業だけ出て、3年の時に単位は全部取ってしまい、4年の時はバイトしまくってました。
海外に出たいと思い始めていたので。

でも両親は常に反対でした。
卒業の時、父に「首席だった」と電話して、今度は喜んでくれるかと思ったら、「当たり前じゃ。自分の好きなことやってるんやから」と言われました。
馬場
絶対うれしかったと思うけど、一応父親の威厳を示したんですね。
渡辺
イタリアで劇場専属になって、自分で生活できるようになってから、父は少し変わってきました。
歌の先生から、「40代前半まではお父さんが援助してあげないと無理です」と言われていたのに、運よく早く生活できるようになったので。
馬場
何歳の時ですか。
渡辺
大学院を出た年だから、24歳ですね。
馬場
すごいですね。40代と言われていたのに
渡辺
周りは10歳以上も上の人ばかりで、しかもアジア人は若く見られるので、10代と思われていたみたいです。

当時はネットもない時代で、日本との連絡もなかなか取れなかった。でもおかげで言葉も早く覚えることができて、よかったのかも知れない。
今の若い人は、逆にかわいそうですね。耳にも目にも常に日本の情報が入ってくるから。
馬場
劇場にはほかにも日本人がいるんですか。
渡辺
今はオーケストラに日本人のヴィオラ奏者が一人いますが、歌い手は僕だけです。
イタリアの劇場にアジア人はあまりいないんですよ。
馬場
大分では、渡辺さんがイタリアで活躍されていることを知らない人が多いですよね。
もっといろんなメディアで取り上げられて有名になってもよさそうなのに。
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渡辺
日本ではメディアに出ている人がその世界のトップだと思われがちだけど、そうじゃない。
有名になることは別に重要ではなく、まぁそうなればなったでいい、というぐらいです。
馬場
でも大分出身で、海外の第一線で活躍している人がいる、ということはすごいことだと思います。
あとから出る人が、やる気になったり、熱くなったり、可能性を感じることができますから。
渡辺
最近は、僕のことを知って、留学したいと連絡してくる人がいるんですが、そういう人って自分でやる気がない。
ひどいのは本人でなくお母さんから連絡がきたり。
留学ってそんなに甘いもんじゃないです。

今の時代、ネットなどもあって日本から海外へ留学するのはすごく簡単になっていますけどね。
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馬場
便利になる一方で、ほんとにガッツのある人が少なくなっているんですね。
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